逃げて、逃げて、逃げ続けて…、
「本来の自分」にたどり着くこともある、のかもしれない。

こんにちは。
【いのちの希望を開花する、生き方カウンセリング+コーチング】の 立野博一です。

さて、「レンタルなんもしない人」さんと、私の古い友人であるYさんも交えて、
3人の対話の続きです。

前編「『レンタルなんもしない人』さんの「あり方」のシフト」はココをクリック

3人で話すうちに……、
「レンタルなんもしない人」さんの心の内側が、
だんだんに私にも感じられて来ました。

元々は「レンタルなんもしない人」さんも、
一生懸命に考えて、考えて、考える、
会社に勤める生活をしていた。

それを「レンタルなんもしない人」というサービスを始めて、
色々な人に関わる中で「完全受身で任せる生き方」にシフトしたということですが、
もうチョット違う角度から見ると、
それは……、

生まれてから、大人になるまでの過程でも、
そして大学院で、
会社勤めの中で、
そして会社を辞めた後のライターとしてお仕事の中で、
ご自身が「したくない」と直感的に感じる全てから、
逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けて……、

そして「本来の自分」にたどり着いた。

これも、
ナカナカ出来ることではないですね〜。

私自身もそうなのですが……、
ツイツイ社会の求めてくる制約などに、無理して自分を合わせることが、
「良いこと」であり「社会適応」であると、
思い込んでいるかもしれない。
思い込まされているかもしれない。

そして直感や本能で「したくない」と感じている部分を、
見失ってしまう。
だから「自分らしさ」も、
見失ってしまう。

「レンタルなんもしない人」さんはむしろ、
そうした社会に合わせる努力こそが、
「本来的な自分」からの「逃げ」ではないかーー
とすら言います。

もしかしたら私達の多くは、
社会に適応したつもりで、
自分自身から「逃げて」いるのかもしれないーー
少なくても、そうした視点から、
自分を見直してみることには、価値があるでしょう。

「死」と向かい合うからこそ

そして実はこれが1番質問したかったことなのです……
「生の終わり」「死」について、どう感じますか?
ーーと、私は質問してみました。

すると……、

「レンタルなんもしない人」というサービスはそうして、
逃げて、逃げて、逃げた末に、
「最後の手段」として苦しまぎれに産み出したそうですが、

さらにこう話されたのです……、

「死んでもいい」という覚悟が無いと、
本当に新しいことは始められないです。

ウンウン、そうですよね。
「死」と向かい合ってこそ、
本当に新しいことは始められる。
キラキラや「憧れ」だけでは無い。
もっと生存ギリギリと直面しなくては。

この言葉をもらって、
私の内でやっと何かが腑に落ちました。

やはり、
「生の終わり」「死」と向かい合うことがあって、
本質的なことは動き始めるのですね。

こんな風に、「レンタルなんもしない人」さんとのお話は、
「死」や「生」の深い層に関わる対話となりました。
何か、不思議な空白の中に入ったような、
余韻の残る対話でした。

何が「正しい/正しく無い」かは私にもわからないですが……、
こうした「生き方」や「存在」に、深く根ざした対話やコミュニケーションが、
私達にはもっと必要ではないでしょうか?

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