こんにちは。
【いのちの希望を開花する、生き方カウンセリング+コーチング】の 立野博一です。

今朝4/1(水)のことです。
JR中央線の下り「高尾行」に私が乗車していますと、
新型コロナウィルスの影響もあり、普段よりも隙間の目立つ車内に、
70歳前後と思われるお婆さんが乗車して来たのです。

私=立野はその時、座っていたのですが、
そのお婆さんに席を譲ろうとしました。

すると、、、
お婆さんは丁寧に遠慮されたのですが、
私の隣席の方が下車されたので結局、
お婆さんと私は隣同士でしばらくの時間、
隣り合わせで共にすごすことになったのです。

そして話し始めますと、
その方の声は若々しく、艶があり、
とても話し好きな方であるのが伝わってきました。

私も、年齢を重ねた方と話すのは興味深い体験ですので、
「ウンウン、そうなんですね〜」と、
しばらくの時間お話を聞かせていただく展開となったのです。

これまで生きた来た歴史を積み重ねた女性は、
実はとても不思議な存在です。
聖母のような、魔女のような、、、。
言葉にならない何かを、たずさえているようです。

「生きているだけで、イイんですよ。」

「私は、男の人達に、息子達に、
『こうなって欲しい』
『立派になって欲しい』という期待をこれまで沢山かけてきましたが、、、
それは要らないと、この年になってやっと気づいたのです。

本当に、生きているだけでイイんです。」

ーーそんな風にお婆さんは、私に語りかけてくれました。

このお婆さんは、
いつもこんな風に周囲の他人に語りかけているのでしょうか?

それとも私が「ウン、ウン」と聴き続けているから、
こんな風に語ってくれているのでしょうか?

それとも、
実はお婆さんは天使の化身か何かで、
私に重要なメッセージを何か、伝えて下さっているのでしょうか?

私にはよく理解できないのですが、、、
意義深い「何か」が、ここに顕現しているかもしれないと、感じました。
ありがとうございます!

 

そして精神的障害を抱えた方、
例えば、統合失調症の方へのボランティア活動もして来たというお婆さんは、
もう1つ、「ジャッジ」についても、語っておられました。

私達は普段、
「◯◯でなくては、いけない」
「(普通は)◯◯であるべきである」
ーーという判断や「ジャッジ」を沢山行っています。

それは、精神的障害を抱えた方や、統合失調症の方とのコミュニケーションでは、
いったん脇に置かなくてはならないこととです。
「ジャッジ」をしないで、
「そういうことも、あるのですね〜」と、ただただ聴くことが必要なのですね。

とはいえ、私達が普段どれほど、
「ジャッジ」を他者に向けて重ねていることか。
それによって、無自覚にひとを傷つけていることか。

ーーお婆さんの言葉から、
私はそれを思い出し、反省するしかありませんでした。

とはいえ、とても興味深いことと思いませんか?
予期せぬお婆さんとの遭遇によって、
無意識の「ジャッジ」に気づかされるということ。

もしかしたらこれは、良い兆しなのでしょうか?
それとも、私の想定を超えた、
大きな何かの予兆なのでしょうか?(笑)

これから、仕事に向かうというお婆さんに、
「行ってらっしゃい」と言葉を送りながら、
私はこの体験を味わっていました。

もしかしたら、、、

私達の意思を超えたスケールの何かが、、、

微妙にそして大胆に、うごめいているのかもしれません。